種分化の重要性

 種とはなんだろう?

 これまでの研究の紹介と、これからの研究目的

 種分化とは?

 どんな生物を種分化と適応の研究に用いるのか?

種分化研究の糸口

 種とは「任意交配を行う集団で他の集団から独立に進化する」と、定義されます。つまり群(集団)の中ではどの相手とも自由に交配して、他の群(集団)の個体とは交配しない集団の単位が種ということです。

 ここで、他の集団と交配しないことがとても重要になります。なぜなら、他の集団と交配してしまうとそれぞれの集団がいつも混ざってしまって、別々に進化できなくなってしまうからです。つまり、他の集団と交配しないことが独立に進化することにつながっています。

 次に種分化についてです。種分化を簡単に言うと「1つの種が2つの種に分かれる過程」です。ここで、もし地球上の生命が種分化をしなかったと仮定します。すると現在地球上には1つの種のみが見られ、生物が多様だとはとても言えない状況が想像できます。つまり、生物は数限りない程の回数の種分化をくり返して現在の多くの種を創り出してきたということです。言い換えると、ほとんどの生命現象は種分化を経て作り出されてきています。このように生物進化に重要な種分化ですが、どのようにして起こるかほとんどわかっていませんでした。

 ここでは、これまでの研究の中で種分化と適応の機構に関係する研究について簡単に説明します。

 私(寺井)は大学院に進学の時に進化の機構、適応や種分化がどのようにして起こるのかを知りたくて研究対象を選びました。そして選んだのがカワスズメ科魚類(シクリッド)でした。シクリッドはアフリカの湖で適応放散を起こしてきたことで知られています。大学院ではシクリッドの分子系統解析を行っていましたが、どうにか種分化の研究ができないかと考えていました。そんな時に、非常に最近に種分化を起こしてきたヴィクトリア湖のシクリッドを解析していると種内の多型が種間でも保持されていることに気がつきました(右図の中立的な変異)。だとすると、適応や種分化に関係した変異は種内に固定しているのでは?(右図の適応的な変異)と考えて、種分化に関与した遺伝子を単離することを思いつきました。つまり、遺伝的に近縁な種を用いれば適応や種分化に関与した遺伝子を見つけることができる可能性があるということです。

 余談になりますが、この研究計画を「種の分化と形成の分子機構を明らかにする」という題目で日本学術振興会の特別研究員に申請して、それが採用され種分化の機構の研究が始まりました。今考えると、こんな途方もない研究計画をよく採用してくれたと思います。また、特別研究員制度は若手の研究者を育成するとてもよい制度だと改めて思います。この場をかりて日本学術振興会にお礼を申し上げます。

視覚の環境適応が引き起こす種分化

 異なる透明度に生息する集団を用いた研究

 上述したようにヴィクトリア湖のシクリッドは光を繁殖の際のシグナルに光を用いています。また、これまでの研究でメスはそのメスの視覚に感度良く受容される光を反射するオスを配偶相手に選ぶことが知られています。つまり、よく見えて目立つオスを選んでいます。それでは、メスの色の見え方が変わってしまったらどうなるでしょうか?配偶相手が変わってしまうのでしょうか?

 このような疑問の答えとなる研究をここで紹介します。この研究では同一種で異なる透明度に生息する集団を用いています。透明度が高いと水中では青から赤まで(光は短波長側から紫外-青-緑-黄色-赤-赤外と波長によって色が変わる)幅広い光が届いています。しかし、透明度が下がると、黄色~オレンジ~赤の光だけが届くようになります。このように異なる光の環境に生息する集団では、それぞれの環境で、そこにある光がよく見えるように視覚(長波長側に吸収を持つLWSオプシン)が進化していました。

 ヴィクトリア湖のシクリッド

 私の研究ではこれまでヴィクトリア湖のシクリッドを中心に用いてきました。ヴィクトリア湖はアフリカにあり、衛星写真でも簡単にわかるほどの大きさです。この湖はあまり深くなく、最大でも70m程度の水深です。そのため、南極と北極に淡水の大部分が集まる氷河期には干上がってしまっていたことが報告されています。最終氷河期が終わった後の1万数千年前から水がたまり始めて、現在のヴィクトリア湖ができあがったと考えられています。つまり、進化の歴史で見れば非常に新しい湖です。この湖には湖固有のシクリッドが数百種生息しています。そしてこれらのシクリッドの種は新しい湖ができた後に、非常に短期間に種分化をくり返して誕生してきたと考えられています。そして現在でもこの湖のシクリッドは種分化を起こしていると考えられるため、現在進行形の種分化を研究することができます。

 繁殖の際の情報伝達(シグナル)

 多くの生物でオスとメスに形態の差が見られることがあります。このような形態には繁殖に関わるけれど直接生殖には関わらない場合が多いです。たとえばオスの鳥のきれいな飾り羽や、繁殖期のオスの魚の体色などがあります。ヴィクトリア湖のシクリッドのオスもこれに当てはまり、繁殖の際にオスはきれいな体色を発色して、「どうだ、オレは強いんだぞ!」とばかりに弱いオスを攻撃して、メスに繁殖のアピールをしています。メスはというと、自分と同じ種のオスの体色により、そのオスを配偶相手として認識して交配します。つまり、オスの体表で反射した太陽の光をメスが視覚で受容して配偶者を選択しています。この場合、繁殖の際の情報伝達(シグナル)は光です。それ以外にも、音や匂いを情報伝達の手段として用いている生物なども多くいます。

 このように見え方の異なる集団では、メスに選ばれるオスの繁殖期の体色(婚姻色)もよく見えて目立つ色に進化していました。とくに透明度の低い集団ではオスの婚姻色が水中に存在する黄色~オレンジ~赤の光を効率よく反射する色にオスが進化していることが面白いです。ここまでの説明のようにそれぞれの集団の個体がその環境の光を効率良く受容できるように視覚を進化させ(環境適応)、オスの婚姻色がメスの視覚に効率よく受容される色に進化すると(性選択による進化)、それぞれの集団が透明度の異なる別の集団のオスを見た際に目立たない(くすんだ)色に見えることが予想されます。つまり、見え方が変わると選ぶ配偶相手が変わってしまい、お互いの集団が交配しなくなります。

 ここまでをまとめますと、視覚が環境適応することにより、繁殖のシグナル(色)が分化して選ぶ配偶相手が変わり、集団間で交配することがなくなり種分化につながります。この種の場合、中間の透明度の岩場でそれぞれの集団が交配しているので、まだ種分化の初期段階だと考えられますが、このまま今の環境が安定して続けば種分化に至ると予想されます。

 異なる水深に生息する集団を用いた研究

 次に水深によって生息環境に存在する光が変化し、それが種分化につながった研究を紹介します。この研究では同一の浅い岩場で異なる水深に生息する種を用いています。透明度が高く浅い水中では青い光が多く届いています。しかし、少し深くなるとオレンジ~赤の光だけが届くようになります。このように異なる光の環境に生息する集団では、それぞれの環境で、そこにある光がよく見えるように視覚(LWSオプシン)が進化していました。 このように見え方の異なる集団では、メスに選ばれるオスの繁殖期の体色(婚姻色)もよく見えて目立つ色に進化していました。つまり、浅い集団のオスは淡青色、深めの水深のオスは赤色に進化しました。

 この研究例でもそれぞれの集団の個体がその環境の光を効率良く受容できるように視覚を適応させ、オスの婚姻色がメスの視覚に効率よく受容される色に進化すると、それぞれの集団が透明度の異なる別の集団のオスを見た際に目立たない(くすんだ)色に見え、配偶相手が変わり、お互いの集団が交配しなくなります。この研究の場合は共同研究者による行動学的な実験により、実際に配偶相手の選択が異なることも示されています。この研究をまとめますと、透明度の場合と同様に視覚が環境適応することにより、繁殖のシグナル(色)が分化して選ぶ配偶相手が変わり、集団間で交配することがなくなり種分化につながっています。

 多くの生物では繁殖の際に配偶相手を探すためのシグナルを用いています。シクリッドの場合それは婚姻色で視覚に受容されますが、昆虫では匂いの化学物質であったり羽の音であったり、鳥類では鳴き声であったり飾り羽であったりします。化学物質の場合は匂いの感覚器で受容されますし、音の場合は音の感覚器、飾り羽の色ならば光の感覚器で受容されます。このように配偶者を探すための感覚器が環境に適応した場合、発せられるシグナルは適応した感覚器に感度良く受容されるように進化します。そのためにシグナルの分化が起こり、分化した個体同士はシグナルが合わないために交配しなくなります。これがSensory driveと呼ばれる種分化の機構です。日本語では適応が重要な役割を担っているので感覚器適応種分化と呼びます。この種分化の機構は、種分化が起きるための条件(繁殖のシグナルや感覚器の環境適応)が多くの生物種に見られるため、かなり広く見られる機構ではないかと考えられています。実際に鳥類が生息する林の音の透過のしやすさと鳴き声の分化の関係や、魚類の繁殖のためのヒレの形態と食性の関連などから生物で一般的な機構ではないかと報告されています。

 感覚器の適応が引き起こす種分化の機構

 これまでの研究をまとめて説明します。始めにシクリッドの種が分布を広げます。そして生息環境の光に視覚が適応します。それと同時に毎世代繁殖もおこなっているので、オスの体色は適応した視覚に感度良く受容される色に進化します。これらにより、視覚が適応的に分化し婚姻色も分化し、結果として繁殖のシグナルが分化します。繁殖の際はシグナルが合う個体と交配するので、合わない相手は目立たずに交配相手とならなくなります。それにより交配が抑制され種分化に至ります。

今後の研究の課題

 今後の種分化の機構における課題に以下のことを考えています。

感覚器適応種分化は、生物に共通の機構か?

他の種分化の機構は?

直接的に種分化の機構を研究できるか?

現在進行中の研究はこちらhttp://adaptive-speciation.com/present/present/index.html

2017年2月16日現在に行っている現在進行中の研究を以下にリストアップします。



ヴィクトリア湖産シクリッドにおける種の分化に関わるゲノム領域と遺伝子の解析

宅野 博士 (総研大)、宮城 博士(首都大学東京)、大波 博士 (科学技術振興機構)、佐藤 博士 (鶴見大学)などとの共同研究


シクリッドの種分化に関わる遺伝子の変異体解析

藤村 博士(新潟大学)などとの共同研究


B染色体による性決定機構の解析

田中 博士(基礎生物学研究所)、黒岩 博士(北海道大学)などとの共同研究


アフリカの火山の火口湖に生息するシクリッドの視覚の適応2015年12月に論文を発表して最初の研究計画は終了しました。

George F. Turner 博士 (Bangor University イギリス)、Milan Malinsky 博士 (University of Cambridge イギリス)などとの共同研究


スラウェシ島固有のマカク種における種の分化に関わるゲノム領域と遺伝子の解析

今井 博士 (京都大学霊長類研究所)、松村 博士 (岐阜大学)、Suryobroto Bambang 博士&Kanthi Arum Widayati 博士 (Bogor Agricultural University インドネシア)などとの共同研究


南極海に生息するノトセニア亜目魚類の視覚の適応

大田 博士  (総研大)、今井 博士 啓雄今井 博士 (京都大学霊長類研究所)などとの共同研究


キューバ産アノールトカゲ種の視覚の適応と種分化

河田 博士 (東北大学)、針山 博士 (浜松医科大学)、Antonio Cádiz Díaz 博士 (Havana University キューバ)、

Luis M. Diaz 博士 (National Museum of National History of Cuba キューバ)などとの共同研究


自然界の蛍光の世界を理解する 〜サンゴの蛍光の遺伝子基盤とその進化〜

佐藤いまり 博士 (国立情報学研究所)、木下 博士 (総研大)、酒井 博士 (琉球大学)などとの共同研究


スラウェシ島固有のメダカ種における視覚の適応と種分化

山平 博士 (琉球大学)、北野 博士 (国立遺伝学研究所)などとの共同研究


ウミヘビ類の海生適応と視覚の進化

岸田 博士 (京都大学)などとの共同研究


ノソブランキウス属における視覚の適応と種分化

今井 博士 (京都大学霊長類研究所)などとの共同研究


チョウに付着した花粉をDNAから同定し、訪問花を明らかにする

木下 博士 (総研大)、などとの共同研究

 

 感覚器適応種分化は共通の機構?

 これらの課題について、これからの研究予定を以下のように進めています。

 この課題については、すでにヴィクトリア湖のシクリッドの多くの種を用いて調べており、近々論文として発表する予定です。

シクリッド以外では、オスがきれいでメスが地味な爬虫類や卵生メダカを用いて研究をする計画を進めています。

 他の種分化の機構は?

 この課題については、マカクを用いて研究する計画を進めています。

 直接的に種分化を研究することはできるか?

 この課題については、1つは種分化に関与する遺伝子をTALEN法にてノックダウンして影響を確認する方法を考えています。

また、実験室内で種分化を短い世代時間と世代数で起こせる実験系を開発し、条件を変えることで種分化への影響を調べることを

計画しています。

写真はイメージで直接研究とは関係ありません。

 他にも面白そうな研究は挑戦したいと思います。

写真はイメージで直接研究とは関係ありません。

 その他の研究

婚姻色形成遺伝子は性選択を受けて進化して種分化に関わってきたか?

シクリッドにおいて、他にどのような遺伝子が適応や種分化に関わってきたか?

性決定領域の進化が種分化に関わってきたか?

                     なども明らかにしようとしています。

こんなことを研究できたらな?というような面白い計画がありましたら、ご相談ください。

研究計画を進められそうでしたら一緒に研究しましょう。